5月11日は、新選組の副長『土方歳三』の命日(旧暦)。
毎年、5月11日近くになると、土方歳三の生家がある日野市では、大きなお祭りが行われる。
その名も、『ひの新選組まつり』。
今年2025年に開催された「ひの新選組まつり」は、5月10日11日と二日間行われ、私は、5月11日に、ちょびっとだけ参戦?してきた。
参戦したとは言わないかもしれないけど、通りすがった?みたいな感じだけど・・・
ひの新選組まつりの日に、日野を訪れること数回はあるのだけど、今回は、ひの新選組まつりに行くという目的ではなく、土方歳三資料館に行くというのが目的だった。
3月に、京都で行われた『山南忌』に参加してから、久しぶりに新選組熱が上がってきていたので、今年は日野に行こう!と決めていた。
多摩モノレールに乗り土方歳三資料館へ

土方歳三資料館の最寄り駅は、多摩モノレール『万願寺駅』。
多摩モノレールのサイトにある万願寺駅のページを見ると、土方歳三についての記述がある(初めて知った)。
万願寺駅の駅名標にも、土方歳三生誕の地と誠の文字があった。

新選組の副長『土方歳三』は、天保6年、武州多摩群石田村に生まれる。
家伝薬・石田散薬の行商をしているとき、天然理心流に目覚め、近藤周助に入門する。
その天然理心流の門下生の中に、沖田くんがおり、近藤勇は、天然理心流剣術道場「試衛館」に入門、その後、近藤周助の養子となる。
多摩モノレール万願寺駅から歩くこと5分くらい?で到着する『土方歳三資料館』

5月11日あたりに日野に行くと、だいたい雨か、25度以上になる暑い日のどっちかになる気がする。
今回の天気は、25度以上になる暑い日だった。
土方歳三資料館を訪れるのは、コロナが流行る前あたり以来、かなり久しぶり。
かなり驚いたのは、お庭だった。
草木が生えた、かなり立派なお庭だったのに、ほぼほぼ何にもなくなっていて驚いた。

たぶん、土方歳三資料が混むとき、外の道路まで列がのびていたときが多々あったから、それらを考慮して?このような感じになったのかなと、ひとり勝手に憶測を立てていた。



ここ土方歳三資料では、土方歳三が使用していた天然理心流稽古に使用した木刀、池田屋事件などで使用した「鎖帷子と籠手」、和泉守兼定ももちろん、石田散薬のセット(勝手に言う)、書簡などが展示されている。
館内は撮影禁止なので、ぜひとも!日野へ出かけて、その肌で、土方歳三を感じてもらいたい。
資料館の図録と、石田散薬のトートバッグを購入し、日野駅へと向かった。
日野八坂神社に行って御朱印をいただくのと、井上源三郎資料館の近くにある、沖田くんが遊んでいたといわれる場所に行き、推し活的な?ものをしてこようと決めていた。

初めて魁力屋に行ったけど、魁力屋の麺って細麺なのですね(このラーメンが細麺だっただけなのかもしれないけど)。

佐藤彦五郎新選組資料館・井上源三郎資料館・日野八坂神社
土方歳三資料館から歩いて2キロほど、日野駅周辺にある、佐藤彦五郎新選組資料館、井上源三郎資料館、日野八坂神社へ行ってきた。

日野駅周辺にある新選組関連の資料館などには、何回か訪れたことがある。
新選組のふるさと歴史館にも何回か行ったし、日野市観光案内にも行って、新選組関連のグッズを購入してきたことも何回もあった。
今回は、土方歳三資料館のみ、館内を見学して帰ってきてしまったが、次回は、日野駅周辺にある新選組関連の資料館などに行こうと思う。

隊士のパレード?みたいなのがあるんだけど、終わった後か、これからか、ちょっとわからなかった(生の土方さんも見れた)。


この日、日野八坂神社の社殿が一般公開されていて、初めて見ましたが、柴又帝釈天のような装飾が、とても素晴らしかった。
近藤勇と沖田くん(沖田総司)の名前が入った奉納額も公開されていて、マジマジと沖田くんの名前を見ていた笑。


井上源三郎の親戚?(井上林太郎)と、沖田くんのお姉さん「みつ」さんが結婚し、その関係で??沖田くんがここらへんで遊んでいたと、本かなにかで知った。


土方歳三資料館からは、ちょっと駆け足な感じで、日野の新選組を観光してきてしまったが、来年は、頑張って早起きをして、ひの新選組まつりに参加したいと思う。


ヒジカタ君グッズでも、沖田くんかわいいです(^^)